| 同性から嫌われる女 Seibun Satow Aug, 19. 2010 「マニュアルですまない部分を感じて、その感覚を上手に表現するやり方を学んでもらわないと困る」。 森毅『人工と自然』  アピールが終わって列に戻ったミスコンの決勝進出者が出番になった女性を見下したような眼で見ている。そんな彼女は、間違いなく、同性から嫌われる女である。  彼女がどんな自己アピールをしたかは問題ではない。女性は同性を素のときの表情や態度を見て、「共感」できるかどうかで評価するからである。他方、男性はそうではない。自己アピールしている間の姿だけを見ている。  ここで、自己アピールしているときを「作為体」、素に戻ったときを「自然体」と呼ぶことにしよう。  しばしば同性から嫌われる女が女性を対象としたメディアで非難されているのを見かける。ところが、具体的な名前は差し替えるが、その女優やタレント、女子アナ、政治家、アスリートは、必ずしも、男性からの高感度は低くない。このギャップは、彼女たちが作為体の場合にはうまく振る舞っていても、自然体のときの表情や態度がよくないということから生じる。けれども、当人はそれに気づいていない。だから、彼女は同性から嫌われる。  女性は感情コミュニケーションのできない同性に共感できない。ジョン・メイヤーとマーク・ブラケット、ピーター・サロベイは、感情を察知し、理解する能力は知性であると主張している。彼らはこの「感情知性(Emotional Intelligence)」には次の四つの特徴があると指摘する。 (1) 感情を的確に把握する能力 (2) 思考を発展させるための感情活用能力 (3) 感情の意味を理解できる能力 (4) 感情を自制する能力  これは、マーク・ブラケットが提唱するように、感情コミュニケーションの「感情リテラシー(Emotional Literacy)」の基本原理と認識するべきだろう。安倍晋三元首相がよく評されていた「空気が読めない」は状況や文脈を理解できていないという感情リテラシーの貧弱さを意味する。  女性はこの感情リテラシーを身につけず、同性として共感を配慮していない女を嫌う。男に媚びる女はその典型だろう。男に合わせて作為体を徹底化し、同性の眼をまったく気にしていない。コミュニケーションではなく、マニュアルで生きているとも言える。こういう女は同性から好かれる理由などないと考えていることだろう。なるほど、同性から嫌われる女であったとしても、友達はいるもので、完全に孤立化しているわけでもない。  しかし、感情コミュニケーションは絶え間ない変化やつかみどころのない曖昧さの中では欠かせない。感情は状況や文脈との対話である。それができない同性から嫌われる女は変化に弱い。同性からの共感は感受性が磨かれていることを意味する。感情リテラシーは女性でなくともそうしていい能力である。 〈了〉 参照文献 森毅、『ええかげん社交術』、角川oneテーマ21、2000年 Peter Salovey. Marc
  A., Ph.D. Bracket. and John Mayer. “Emotional
  Intelligence: Key  |